「人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)」と「女性・平和・安全保障(WPS)」 が危機予防と平和構築の鍵を握る

2024年6月21日

野田章子 国連事務次長補、UNDP総裁補 兼 危機局長

Photo: UNDP Tokyo / Ken Katsurayama

近年、紛争の発生件数が第二次世界大戦以降、最多を記録しています。このままでは、2030年になってもまだ3億4,000万人もの女性と女児が、極度の貧困に苦しむ状況が続くことになるでしょう。今日の世界は紛争や気候災害などの複合的な危機に直面しており、格差が拡大し、数多くの人々が貧困に追いやられ、各国が何十年もかけて成し遂げてきた開発の成果が水泡に帰そうとしています。危機を予防し、平和を築くために、私たちは何ができるのでしょうか?

2024年4月4日、UNDPは外務省、国際協力機構(JICA)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と、公開シンポジウム「危機予防と平和構築 ~人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)と女性・平和・安全保障(WPS)の強化に向けて〜」を共催しました。東京・国連大学本部ビルの会議場で開催されたこのイベントには、各国大使、政府関係者、市民社会代表など約80人が対面参加したほか、オンライン放映を400人が視聴しました。

上川陽子外務大臣は開会挨拶において、今日の複合的危機に対応するための視点として、(i)紛争予防、(ii)2023年に改定した開発協力大綱でも日本の重要政策の一つとして掲げられたHDPネクサス、(iii)HDPネクサスを推進していく上で原動力となるWPS 、の三点を挙げました。また、WPSの視点を活かした外交を進めることが、個人的な使命の一つであると述べました。

上川陽子外務大臣のビデオメッセージ

Photo: UNDP Tokyo / Ken Katsurayama

女性・平和・安全保障(WPS)議会人ネットJAPAN会長代行を務める古屋範子議員は上川大臣の発言に賛同し、世界人口の半数におよぶ女性のニーズに取り組み、その潜在能力を活用することなくして、人間の安全保障と人間の尊厳を促進することは不可能であると訴えました。

古屋範子衆議院議員

Photo: UNDP Tokyo / Ken Katsurayama

野田章子国連事務次長補・UNDP危機管理局長の基調講演では、HDPネクサスのコンセプトをわかりやすく説明する新しい映像が上映されました。この映像は、博報堂DYホールディングスのクリエイティブボランティアによって制作され、紺野美沙子UNDP親善大使がナレーションをしてくださいました。

野田局長は、長期的な開発と平和構築の努力を同時に進めることの重要性を訴えました。これには、あらゆる危機発生の直後から、命を救う人道支援に加え、法の支配を保つための制度的能力開発を行うことなど、幅広い支援が含まれます。支援への依存を防ぎ、人々とコミュニティの自立した未来を築くための永続的な解決策として、人々と現地のシステムに注力するという観点から行うものです。2023年12月に開催された第2回グローバル難民フォーラムにおいて、日本政府、UNDP、UNHCRは、「難民・避難民の問題解決に向け人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)の取り組みを加速・活用するためのマルチセクター・プレッジ(宣言)」を発表しました。これは、幅広いアクターが関与し社会全体で取り組むことに対する、新たな決意表明とも言えます。野田局長はまた、人道支援と開発のあらゆる局面において女性を中心に据える(主流化する)ことが、紛争予防と平和構築の鍵であると強調しました。 

前方左からハジアリッチ秀子UNDP駐日代表、大井綾子 JICA ガバナンス・平和構築部 平和構築室長、瀬谷ルミ子 認定NPO法人 Reach Alternatives (REALs: リアルズ)理事長、伊藤礼樹 UNHCR駐日代表(画面左から)ゼナ・アリ・アーメド UNDPイエメン事務所常駐代表、ウェンデル・オルベソ フィリピン和平・和解・統合担当大統領顧問室(OPAPRU)ディレクター

Photo: UNDP Tokyo / Ken Katsurayama

パネルディスカッションには、フィリピン政府、JICA、認定NPO法人 Reach Alternatives (REALs: リアルズ)、UNHCR、UNDPから、WPSの実務経験を持つHDPネクサスの専門家が登壇し、支援現場における真摯な取り組みや好事例、課題などを共有しました。モデレーターは、ハジアリッチ秀子UNDP駐日代表が務めました。

フィリピン和平・和解・統合担当大統領顧問室ディレクターを務めるウェンデル・オルベソ氏は、日本やUNDPが後押しした「バンサモロ包括和平合意」の下で、”Normalization”(正常化)および小型武器・軽兵器の管理・削減を推進する取り組みの事例に触れ、和平合意交渉は難題である一方、平和構築は地域、国、国際的なステークホルダー全者が責任を共有するものであるため、その実施は複雑なプロセスであると指摘しました。平和を維持するためには、各アクターの説明責任や、すべき行動と役割が明確かつ効率的に行われることが必要です。オルベソ氏はまた、HDPネクサスは人々の欲求の根本的な原因を見極めるのに役立つと説明しました。さらに、フィリピンには「女性の平和と安全保障のための国家行動計画」があり、政策立案から交渉に至るまで、さまざまなレベルや役割において女性の参加を確保しようとしていることも紹介しました。

REALsの瀬谷ルミ子理事長は、ケニアや南スーダンの危機後の状況における若者や女性支援の事例を挙げながら、成功の鍵を握る要素のひとつは、すでにスキルを有していたり恵まれた環境にあったりしなくても、やる気のある若者を見つけ、コミュニティや社会を変革し、個人に変化をもたらす平和の担い手となるロールモデルとして育成することだと話しました。瀬谷理事長はまた、女性の安全を確保するため、地方当局や警察と連携して行う女性の安全監査の取り組みにも触れました。

JICA からは、ガバナンス・平和構築部 平和構築室の大井綾子室長が、 先進的な難民政策で知られるウガンダでの協力事例を紹介しながら、HDPネクサスを現場で実践する上での成果と課題を紹介しました。また、コロンビアの紛争影響地域において、JICAが女性の生計向上と経済的エンパワーメントを目的として技能訓練やビジネス機会創出を行い、脆弱層の女性を包摂する新しい協同組合の設立を支援した事例を紹介し、既存のシステムが必ずしも十分に包摂的ではない場合があることを指摘しました。

UNDPイエメン常駐代表のゼナ・アリ・アーメド氏は、以前勤務していたイラクにおいて、かつてイラク・レバントのイスラム国(ISIL)に占領されていた地域へ、490万人の国内避難民が帰還するための支援を中心とする包括的安定化事業の経験を紹介しました。イラクにおけるUNDPの安定化事業では、基本的サービスの提供、グリーンな経済策、治安部門の改革、地方ガバナンスの能力開発、和平・和解への取り組みなど、包括的な支援が行われ、HDPネクサスがその中核となっていました。このような包括的なアプローチによって、以前ISILと関わりのあった家族が再会し、故郷に戻り、地元社会と再びつながることができたと、アリ・アーメド氏は語ります。また、イエメンでは、UNDPは政策支援、技能訓練、太陽光パネル設置を通じた再生可能エネルギーの確保を通じて、経済的・社会的に女性のエンパワーメントを図っており、最も脆弱なコミュニティにおいて、生計手段となる小規模事業を立ち上げられようになっています。

「人道問題に人道的解決策はない。」国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の伊藤礼樹駐日代表は、緒方貞子氏の言葉を引用し、HDPネクサスを実現する重要な要素として、社会的結束を強化し、受け入れ国の社会サービスに難民を含めることを挙げました。また、難民のニーズを把握するためには、難民とホストコミュニティの人々の声を聞くことや、協議することの重要性を訴えました。さらに伊藤代表は、日々の課題を解決し自立を目指す上で、難民ボランティアが果たす重要な役割、特に難民女性のリーダーシップに注目しており、それがWPSにもつながっていると話しました。

本イベントは、様々な国における多種多様なステークホルダーによる事例を通じて、活動現場での実践的な経験を共有するとともに、HDPネクサスをどのように進め、紛争予防と平和における女性の役割をいかに強化するかという政策議論に新たな価値を与える貴重な機会となりました。