戦争で被害を受けたオデーサの保育園 UNDPと日本の支援で再開
2025年9月4日
戦争の影響で被害を受けて閉鎖した後2年以上を経て、ウクライナ南部にあるオデーサ市第141保育園は、安全で新たに生まれ変わった学び舎として子どもたちを再び迎え入れました。この復旧事業は、日本政府の資金拠出を受け、国連開発計画(UNDP)が実施したものです。
保育園の3棟のうち1棟の修復は完了したため、今回再開し、もう1棟に関しても近日中に修復が完工する見込みです。今夏の支援による工事では屋根や天井、壁、床、外壁、電気設備、敷地周辺まで幅広い修繕が行われました。
オデーサ市第141保育園の全面再開を後押しし、日本の人々の連帯を改めて示すため、UNDPとオデーサの姉妹都市である横浜市はクラウドファンディングをUNDPとの連携で開始しました。本イニシアチブでは、300万円(約2万米ドル)の資金を募り、園庭に遊具等を設置することを目指しています。
2022年の全面侵攻以前、第141保育園では125人の子どもたちが学んでいました。園は侵攻後に閉鎖を余儀なくされましたが、2023年にはオデーサ市議会が子どもたちのために80人収容可能なシェルターを設置するなど、安全性を確保した形での再開準備が整えられました。
ところが2023年6月、ミサイルの爆風で3棟の建物と園庭が被害を受け、施設は再び利用できなくなりました。それでも職員たちは園の再開を信じ、損傷した建物を守り続けました。
ゲンナジー・トルハノフ オデーサ市長は、保育園の復旧に尽力した国際パートナーと関係者すべてに感謝の意を表しました。「UNDPの専門性と、私たちの文化的遺産に寄り添った姿勢に感謝します。日本のパートナーの皆さまの寛大さと温かい支援に感謝します。そして、横浜の皆さまが私たちの大きな国際的家族の一員になってくださったことに感謝します。オデーサは感謝の意を伝える方をよく理解する街です。今日私たちは、皆様が、共に歩み、ただ建物を再建するだけでなく希望と信頼を取り戻す手助けをしてくださったことに、心からお礼を申し上げます。」
市長はさらに続けました。「共同の努力により、すでに短時間保育という形で教育活動が再開しています。現在、2グループで25人の子どもを受け入れています。食堂を備えた主要棟の修復が終われば、終日保育へと移行する予定です。」
クリストフォロス・ポリティス UNDPウクライナ常駐副代表は、国際的な連帯の重要性を強調し、次のように述べました。「開発機関として、子どもや若者の学びと健やかな成長を支えることが、どの国の未来にとっても揺るぎない基盤であることを私たちは理解しています。UNDP、日本政府、オデーサ市、そして横浜市による第141保育園への支援は、連帯・レジリエンス・国際協力の象徴として長く記憶されるでしょう。UNDPはこの重要なパートナーシップの一員であることを光栄に思い、国境を越えて人々と地域をつなぎながら、ウクライナの復興を推進し続けます。」
佐藤広毅 横浜市副市長は、オンラインで式典に参加し、オデーサとの継続的な連携の価値を強調しました。「横浜とオデーサは今年、姉妹都市提携60周年を迎えました。私たちはこのパートナーシップを大切にし、これからも親しい友人として皆さまと共に歩み続けます。UNDPとのクラウドファンディングを通じて、この保育園をさらに支援し、子どもたちの笑い声で満ちあふれる場所にしたいと願っています。」
同じくオンラインで参加した中込正志 駐ウクライナ日本国特命全権大使も、日本のウクライナ復興支援への揺るぎない決意を改めて表明しました。「日本の支援によって復旧し再開したこの保育園は、子どもたちとその未来を守るという私たちの決意を示すものです。同時に、オデーサ、横浜、日本、そしてウクライナとの友情と連帯の力強い象徴でもあります。」
背景
国連開発計画(UNDP)は、政策立案から復興まで幅広くウクライナの復興を支援する国連の主要機関であり、「より良い復興(Build Back Better)」と人間の安全保障の原則を指針としています。オデーサでは、日本政府の支援を受け、地域企業への支援、重要なエネルギー機材の提供、退役軍人や戦争被災地域へのリハビリ用資機材の供与など、重要な支援を実施してきました。
1965年以来オデーサと姉妹都市関係を結ぶ横浜市は、戦後復興という共通の歴史に根ざした長い連帯の伝統を有しています。ロシアによる全面侵攻以降、横浜市は人道支援や募金活動、避難民支援を展開するとともに、技術交流を通じてオデーサとの協力関係を一層深めてきました。
2024年には、横浜市とUNDPが正式に協力関係を締結し、第141保育園の復旧がその新たなパートナーシップの下で最初の共同プロジェクトとなりました。