UNDP生態系・生物多様性プログラム統括 パックストン美登利に聞く
経済と開発は自然を中心に考えよう
2022年5月23日
パックストン美登利は、記者や作家として活動した後、国連開発計画(UNDP)に入職し、現在は生物多様性と生態系を守る取り組みの責任者を務めています。パックストンは、経済や開発に関する計画策定や意思決定には自然を中心に据え、環境を破壊する活動ではなく、環境のためになる活動へと資金の流れを変えることが重要と語ります。
このような活動に取り組むきっかけは何でしたか。
私は横浜で育ちました。子どもの時は、森や田んぼでカエルやオタマジャクシ、ザリガニ、ドジョウ、カブトムシ、クワガタ、チョウを探して遊びました。自然はいつも私に大きな喜びと洞察力を与えてくれました。そして、どんな職業に就くにせよ、環境保護に役立つ仕事をしたいと心に決めていました。
最初の仕事としてはJapan Times紙に就職し、記者として主に環境関連の記事を書きました。その後は 国連ボランティアとして、ソマリアの国連PKOで情報担当官を務めたのち、ルワンダ・タンザニア国境の難民キャンプで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のフィールド・オフィサーを務めました。
2000年には、日本政府の資金提供によるジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)としてUNDPのナミビア事務所に派遣され、環境プロジェクトを担当しました。それはちょうど、生物多様性や気候変動、国際水域重点分野関連など多数のプロジェクトが、地球環境ファシリティ(GEF)のプロジェクトとして初めて立ち上がった時期でもありました。 私は環境観光省で、国立公園ネットワーク強化(Strengthening the Protected Area Network, 略称SPAN)プロジェクトの調整官を務めましたが、このプロジェクトは、ナミビアの原風景や野生種の保護に対する価値観や取り組みを大きく変えることになりました。
仕事をしていて、一番うれしいことは何ですか。
仕事をしてきて特にうれしい瞬間は、異なる専門分野の点をつなげて線にする私の能力が、グローバルな保全への取り組みに役立っていることを実感できる時です。特にこの仕事をしていてよかったと思ったのは、自然を中心に経済と開発を考え、活動計画を立てることに貢献できた時でした。大気や水、食料、医薬品、仕事など、多くの点で私たちが恩恵を受けている生物多様性と生態系の恵みを守るためには、このシフトが極めて重要になるからです。
GEFが支援するイニシアチブの中で、特に印象に残っているものはありますか。
ナミビアでSPANプロジェクトの調整官を務めていた時の経験についてお話ししたいと思います。私は国立公園野生生物管理局長の直属のプロジェクト要員として働いていました。国立公園の責任者や野生生物管理担当者を迎え、首都ウィントフックで初の総会を開催した時のことは、今でもよく覚えています。参加者は直面する課題と、それぞれの課題についての展望を共有しました。具体的な問題としては、人間と野生生物との間で起きている衝突、予算や設備、研修、インセンティブの不備、保全上の優先課題への取り組みを支援できる政策の欠如などが挙げられました。プロジェクトが完了するまでに、ナミビアの国立保護区は国土の17%から20%を超えるまでに拡大され、政府がこれら保護区の管理に割り当てる予算も4倍に増えました。プロジェクトの一環として実施された経済評価調査は、国立公園への投資を増額すれば、42%にも上る経済的利益率が得られることを示し、この変革をもたらす勝因の一つとなりました。これだけ高い利回りがあるのなら、誰だって投資したくなるでしょう。
いま一番関心があることは何ですか。
お金ですね。それがどこに使われ、どんな影響を及ぼしているか。どうすれば賢く使ったり、投資したりできるか、ということです。お金は自然を守ることも、破壊することもできるからです。
世界が生物多様性保全に投じている額は、損失を食い止めるには、年間7億米ドル不足しています。私は今、この生物多様性の資金不足に大きな問題意識を感じています。UNDPの生物多様性資金イニシアティブ( Biodiversity Finance Initiative, 略称BIOFIN)は、41か国との連携で、予算の使途限定、生態系保護のための財政移転、債券と借入、さらには大多数の農業補助金を含むネガティブな公的支出の付け替えなどの解決策を明らかにする国家生物多様性資金計画を支援しています。
UNDPは自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の創設メンバーでもあります。 2021年6月、スウェーデンとイタリア政府及びGEFからのアンカー投資を受けて発足したTNFDは、民間金融機関と企業のメンバー34社で構成され、自然関連リスクの測定と対処に向けた報告枠組みの策定に努めています。2020年には、サンゴ礁世界基金(Global Fund for Coral Reefs)も共同で設立しました。10年間で6億2,500万ドルに上るブレンドファイナンスを提供する予定です。
私たちはまた、GEFの資金提供で世界銀行が新たに発行したライノ(サイ)債(Rhino Bond)など、資本市場を生物多様性保全資金のニーズにつなげる債券や借入、保険商品の開発にも取り組んでいます。2016年から2020年にかけては、ライノ(サイ)債枠組みの支援にも携わっていたので、この債券の発行が実現したことは、私にとっても大きな喜びでした。
環境問題は複雑で、不安になることも非常に多いとは思いますが、どのような点に希望をお持ちですか。
社会に自然を大切にする変化が明らかに見られてきたことは、私にとって、とても大きな希望です。昨年は3回にわたり、コスタリカを訪問しました。驚異的な生物多様性を誇る国です。森林破壊を劇的に逆転させたことが評価され、2021年にはイギリスの王室財団のアースショット賞の初代の受賞者となりました。一時は森林被覆率が21%という、危機的に低い水準にまで落ち込みましたが、今では約60%にまで改善しています。私は1992年に初めてコスタリカを訪問した時、数え切れないほどのトラックが、大量の巨大な丸太を載せて運んでいる様子を目にし、がっかりしたことを覚えています。
ところが今は、多様で質の高い自然志向型の観光ベンチャーが国中どこでも見られるようになっています。GEFのCEO兼会長のカルロス・マヌエル・ロドリゲス氏からお聞きした話では、サンタロサ国立公園には1972年の指定当時、ジャガーが全くいない状況でしたが、今では200頭も生息しているそうです。貧困を劇的に減らし、暮らし向きを改善しながら、国内のシステミックな転換が可能なことを証明する事例で、私は希望を感じています。
退職までに、世界にどのような変化が見られることを期待していますか。
私の退職時期は、ちょうど2030年になるかもしれません。それまでの10年の間、私たちの経済と社会に大きなシフトが見られることを期待すると同時に、そうならねばならないとも思っています。経済や社会を大転換させなければ、自然は失われ続け、生態系が崩壊する限界点に達してしまうからです。これは人間の安全保障上を根本から揺るがす問題です。2030年までに、自然が持続可能な開発の中心にあるという理解が当たり前になる世界を実現する必要があります。つまり、人類、食料、水、生計・仕事、気候、健康、そして安全などを確保するための地球のセーフネットとして自然を守り、また回復させることが必要です。それによって人々が貧困や不平等を脱し、より公正で持続可能な未来を手に入れることができるのです。これを実現するためには、グローバルな議論、経済、生産と消費のシステム、そして人々の考え方と行動の大転換も必要となるでしょう。
インタビューの全文は地球環境ファシリティのウェブサイトでご覧になれます。