プラスチック汚染の危機を対処するのに、なぜ私たち自身に焦点を当てる必要があるのか
外を見て。中は暗すぎるから。
2023年6月2日
かつて、作家のウエイン・ダイアーはこんな話をしました。ある人が、車の鍵をリビングで失くしました。その時、停電が起きてしまい、家の中は真っ暗に。彼は、暗闇の中で必死に探しましたが、鍵は見つかりません。窓の外を見ると、まだ街灯がついています。そこで、彼は思いました。「このままでは、車の鍵は見つからない。ここは、暗すぎるし、外に出て明るいところを探すことにしよう。」そこで、彼は外に出て車の周りに鍵が落ちていないか探し始めました。それを見た隣人が、「手伝いましょうか?」と声をかけ、一緒に鍵を探しましたが、ついに見つけることはできませんでした。そこで、隣人はどこで失くした可能性が高いのか尋ねました。すると、彼は、「リビングルームにあるはず」と答えました。隣人は、「では、なぜここで探しているのですか?」と問いました。彼は、「暗くて、中で探すことはできないから」と答えました。
この話は、私がプラスチック汚染に対して抱く最大の懸念を捉えていると思います。もしも、私たちが力を注ぐべき場所を間違えていたとしても、プラスチック汚染の解決策を見つけることができるのでしょうか?
プラスチックの危機:外を見る
「ホモ・サピエンスのニーズに合わせて世界が形成されるにつれて、生息地は破壊され、多くの種が絶滅してきました。かつて、緑と青に覆われていた地球は、コンクリートとプラスチックのショッピングセンターと化しています。」ユヴァル・ノア・ハラリ 「サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福」より
かつてプラスチックは、素材としては最も偉大な発明の一つと謳われました。1960年代に世界に登場しましたが、現在プラスチックは公害の危機と化しています。プラスチック廃棄物の増加は誰の目にも明らかであり、否定することはできません。ある経済学者の調査によると、プラスチック汚染は、一般市民による海洋の持続可能性に対する最大の脅威となっています。
私たちは、プラスチック汚染の状況を評価するため、生産、消費、廃棄の傾向の予測などの多くの調査を行なってきました。多くの科学的研究によると、水、食品、人の血液、さらには胎盤にまでプラスチックが含まれていることが示されています。マイクロプラスチックやナノプラスチックについて細心の研究が行われてきましたが、いかに車のタイヤの魔耗がマイクロプラスチックの主な発生源となっているかが明らかになりました。また、人間の活動が海や海洋生物に与える影響についての多くのドキュメンタリーや啓発資料が制作されています。
このようなハードサイエンス(自然科学)に焦点を当てたプラスチック汚染の解明は、エビデンスに基づいた開発支援や政策立案の参考となるため重要です。しかし、プラスチック汚染が人間の行動によって引き起こされているのであれば、実験、分析によって人間の行動や社会の行動を理解し改善するために、より多くの時間と労力を費やすべきでしょう。
心の目を内側に向ける
「私たちには、外では上手くいっていないけれど、自分の中は全てが上手くいっていると考えてしまう傾向があります。私たちの中には、苦しみや葛藤が蓄積されているのです。内側では、戦争が起こっているのです。」ティク・ナット・ハン「You Are Here」より
(ミレトスの)タレスは、「人生で最も難しいことは、自分自身を知ることである」と言いました。残念ながら、私たちの環境や開発の仕事は、人間の本質、行動、意識の分析ではなく、主に外側の問題に焦点を当ててきました。恐らく、ウエイン・ダイヤーの話のように、私たちは人間の行動や意識を理解することに力を注いでこなかったのでしょう。なぜならただ単にそれが難しすぎたためです。しかし、私たちの最終目標が人類の発展であるとすれば、私たちの行動と集合意識を分析し、実験し、進化させることに努力するべきではないでしょうか。困難ではありますが、始めなければなりません。
地球は、人類が誕生する45億年前から存在し、人類が滅亡した後もずっと続いていきます。自然は、人間が手を加えなくても、驚異的な復元力、再生力を持っています。私たちが直面している環境危機は、つまり人類の危機なのです。私たちは、人間の心がどのように動き、何が私たちの行動や集団行動を駆り立てるのか、そして人間と自然の間にどうすれば無害な関係を築くことができるのかということに焦点を当てなければなりません。国際開発コミュニティは、小さな一歩を踏み出すことで、変化をもたらすことができます。
「行動を変えるイニシアチブを開発し、実行する」
行動科学者は、問題意識を持つだけでは行動の変化につながらないことを長い間指摘してきました。ハーバード大学の健康専門家が行った実験では、1日に水をコップ1杯分多く飲むのを習慣づけるには、2ヶ月間常に注意を促し、行動を変えるためのテクニックを身につける必要があるということが分かりました。習慣は行動の根源であり、変えるのは極めて困難なのです。人間の心、行動、意識をよりよく理解するため、心理学者、社会学者、神経科学者を含めて行動を変えるためのイニシアチブを開発し、実行する必要があります。
「人間の要求の段階的な分析を理解し、環境・開発業務に取り入れる」
アブラハム・マズローの欲求5段階説は、生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の5つに人間の欲求を分類し、個人の行動を左右する動機づけの理論です。食料や住居などの基本的なニーズが満たされない国やコミュニティでは、プラスチック汚染を減らすための試みは経済的生計活動も含めて行わなければなりません。そのため、大量生産されたプラスチックの代わりとして地元の伝統的な素材を使用することは、地域の生活上の懸念に取り組みつつ、プラスチック汚染の削減を達成するための有効な手段となり得るのです。
「人類の発展とは、幸福と集団意識の進化であるべき。」
今まで、国際的な開発活動は経済開発にのみ焦点が当てられ、開発実務者は経済学の教育受けることが多くありました。そこで、経済的な発展だけではなく、環境や社会的な側面も含めた新しい概念として「持続可能な開発」が導入されたのです。
技術の発達と生産性の向上により、人類社会はかつてないほど豊かになりました。しかし、私たちがその分幸せになった訳ではありませんでした。人間の幸せは、基本的な生理的欲求が満たされることであり、物質的な豊かさとは相関関係がないのです。人間の意識を変え、人と自然の間との生活や関係をよりバランスよく管理するために、今こそ、人間開発とは何か再考する時なのです。私たちの環境と開発の仕事は、人類をマインドフルネス、自己理解、自己認識の方向に導き、内なるバランス、平和、幸福を育むものでなければなりません。
「小さな勝利から始める:プラスチックと行動を変えるためのラボ」
「千里の道も一歩から」老子 古代中国の哲学者
このような自己理解と自己管理の旅を支えるため、UNDPは10カ国でプラスチックと行動を変えるためのラボを立ち上げています。このイニシアチブは、社会的行動理論である「割れ窓理論」に基づいています。この理論は、どんなに裕福な地域でも、貧しい地域でも、1つの窓ガラスが割れると、窓ガラスが割れる数がすぐに増えるであろうという主張です。壊れた窓を1日や1週間という短期間で修理すれば、破壊者がさらに窓を壊したり、被害を拡大させたりする可能性はずっと低くなります。同様に、毎日歩道をきれいにすることで、ポイ捨ての割合がぐっと減る傾向にあります。きれいな環境は、良い行動や人間の意識を促します。物理的な環境は人の行動に影響を与え、地域生活の他の側面にも影響を与えることができると論じています。
この取り組みは、コミュニティレベルの小さな変化をもたらし、環境をコントロールするための良い行動を促進し、その変化を長期的に見守ることを目的としています。この取り組みでは、以下のような実験を行う予定です:
- 「月に1回の清掃の日」 地域から政府まで社会全体で参加し、毎月1回、清掃の日を設けます。啓発的な単発の清掃活動とは異なり、政府、企業、市民社会の積極的な参加を得て、定期的に清掃を実施し、ポイ捨て行動に変化をもたらし、人々の意識向上を目指すものです。
- 「ポイ捨てをなくすために、回収システムの改善、コミュニティボランティア、パトロール」 清掃後は、定期的にメンテナンス活動を行い、清潔さを保ち、清潔な環境に対する集団行動を強化することが重要です。
- 「不必要な使い捨てプラスチックをなくすための啓発キャンペーン」 不必要な使い捨てプラスチックを禁止するよう政府に提言を行います。(買い物袋などの簡単なものから始めます)
- 「プラスチックに代わる地元のエコロジーな代替品や、リユースやリフィルシステムをサポート」
- 「政策ダイアログ」 UNDPの各国事務所や政府が、プラスチックに関する政策や規制を改善し、汚染を根本から食い止めるために、民間企業、学術界、市民社会と開催します。
- 「トレーニング、指導、行動の変化をの経時的に科学的にモニタリング」
人の行動を変えるということは非常に難しいことです。だからこそ、私たちはシンプルな実験から始めています。複雑な専門用語は避け、誰もが理解でき、参加できる行動、つまり、自分の身の回りをきれいにすることから始めます。
この取り組みが、私たちの進むべき道を照らすきっかけになることを願っています。