マリの染色伝統支援における将来の民間連携モデルの探求

2024年6月11日
Exploring a partnership model for the future in support of the dyeing tradition in Mali
Photo: UNDP

給水所の建設、女性のマーケティング・スキルのトレーニングや個人防護具の配布と聞くと、いたって普通のUNDPのプロジェクトです。一つ異なることは、このプロジェクトはイタリアと日本の2社の支援のみで実施されていることです。マリのUNDPアクセラレータ・ラボ(Accelerator Lab)とセネガルのダカールにある地域ハブが連携し、活気溢れるマリのバザン(アフリカ布の一種)染めに従事する女性たちの健康と労働環境を支援しています。今回は、このプロジェクトのユニークさと、民間セクター連携の新たな道を開く可能性について紹介します。

伝統的な織物染色は、古くから、健康や環境に悪影響を及ぼすことが知られています。女性たちは化学染料にさらされることで呼吸器系疾患を患い続けており、正確な数字を得ることは困難ですが、彼女たちのそばで暮らす子どもたちが同じ症状に苦しんでいるという報告も数多くあります。染色残液はしばしば近隣の側溝に捨てられ、ニジェール川に流れ込み、地表水や地下水を汚染しています。

染色労働者の大半を占める女性たちを守るため、UNDPはブルネッロ社 (Brunello)と旭化成株式会社のイタリア現地法人である旭化成繊維イタリアと提携し、これらの問題に取り組んでいます。ブルネッロは1927年の創業以来、イタリア製の最高級生地と裏地を作り続けており、高級生地ブランド「BemBAZIN™」もそのひとつです。日本の総合化学メーカーである旭化成が製造する「ベンベルグ(Bemberg)」糸を使用しており、綿実油の製造工程から出る天然の副産物であるコットンリンターから持続可能な方法で製造されています。「BemBAZIN™」の生地は、現地の業者を通じてマリで販売されています。

このプロジェクトがこれまでに達成した成果は以下の通りです: 

  • 伝統的な染色に従事する40人(うち35人は女性)が、化学染料の使用に関連する呼吸器および皮膚疾患の診断のために健康診断を受けました。
  • 100人の染色従事者が24時間いつでも利用できる給水場が設置されました。
  • 4つの職人染色協会に所属する50人が、広報およびデジタルマーケティングのスキルについての研修を受けました。
  • マスク、手袋、ブーツ、エプロンなどの個人防護具(PPE)や、染色に必要な炉、金属製およびプラスチック製のバケツが配布され、200人の労働者が恩恵を受けました。
  • 女性染色職人に対する健康リスクおよびPPEの正しい使用方法に関する啓発キャンペーンが実施され、約1万人に情報が届きました。


アイシャタ・フォファナさんはバジン染色職人として25年間働いてきました。アイシャタさんは、新しく建設された給水場の効果を実感しています。「水へのアクセスが容易になったことで、私の生産性は急上昇しました。」この生産性の向上は波及効果をもたらし、彼女は2人の子供の学費を賄うことができるようになりました。「これは単なる収入ではなく、私の子供たちの将来を保証するものなのです」と彼女は付け加えます。

ファトゥマタ・ニマガさんは、このプロジェクトを通じて初めて健康診断を受けました。「長年、化学物質による皮膚の炎症や絶え間ない咳と闘ってきた私にとって、この健康診断は救いでした」と彼女は言います。この健康診断は、身体的な安心だけでなく、精神的な安らぎをもたらし、職場の健康と安全に対する彼女の見方を変えました。

マラミン・ディアロさんは将来を担うバザン商人として、デジタル・マーケティングの研修に参加しました。「TikTokには慣れていましたが、研修でまったく新しいツールを知ることができました」と彼は熱く語ります。これらのスキルを身につけ、彼は顧客ベースを拡大し、売上を増加させるための明確な道筋を見出しています。「適切なメッセージを適切な人々に届けることです」と、彼は自身のビジネスの展望に期待を抱いています。

このプロジェクトの真の価値は、こうした数字や証言に留まらない革新的な資金調達モデルにあります。ブルネッロと旭化成繊維イタリアはマリで販売されたBemBAZIN™の1メートルごとに5セントをUNDPに寄付します。このようにして、BemBAZIN™が人気になるほど、女性染色職人の社会経済的発展に貢献することができます。

民間セクターが開発において重要な役割を担うことは周知の事実です。しかし、ブルネッロや旭化成繊維イタリアのような企業の社会貢献への意欲が存在するにもかかわらず、民間セクターの資源を活用する可能性は、ODA従来の資金源を優先して見過ごされがちでした。ODAが減少傾向にある今こそ、このプロジェクトは、民間セクターとのパートナーシップの可能性を示しています。

パイロット・プロジェクトとしての課題は継続性とその規模です。幸いなことに、二社ともこれまでの成果を高く評価しており、2024年6月に開始予定の次フェーズに向けた話し合いが始まっています。この連携モデルは国内外で他の企業と再現できる可能性を秘めています。

今後の最大の課題は、現状これらのプロジェクトは企業の善意とCSR(社会的責任)に依存している点です。これを、共通価値の創造(CSV – Creating Shared Value)のための相互利益モデルに変えることが求められます。CSVは、企業のポジティブな社会的・環境的インパクトをそのビジネスモデルに統合し、地域社会と企業の利益目標の両方に貢献する概念です。このプロジェクトが女性染色職人や地域の若者を支援することで、BemBAZIN™の販売促進に繋がり、そして寄付を増加させるためにはどうすればいいか、そしてどうすれば社会経済的利益を地域社会によりもたらすようなプロジェクト設計にできるか。こういった問いに取り組んでいくことが求められます。
 

Exploring a partnership model for the future in support of the dyeing tradition in Mali
Source: Porter & Kramer (https://www.guexed.com/is-creating-shared-value-csv-the-next-shape-of-capitalism/)

そのためには、意思決定プロセスやビジネスモデルが異なるUNDPと民間セクターの価値観を一致させる必要があります。ここでUNDPアクセラレータ・ラボのアイディア、ファシリテーション、イノベーションの価値が発揮されるのです。プロジェクトチームは現在、BemBAZIN™の生産にマリ産の非遺伝子組み換えおよびオーガニックのコットンを使用する可能性を模索しています。実際マリは安全保障、政治、社会経済的な課題を抱えていますが、アフリカ最大の綿花生産国¹なのです。

このプロジェクトが示す新たな連携の形やその先にあるパラダイムシフトの影響力は計り知れません。このプロジェクトは、より持続可能な開発のモデルとなる代替案となり得るのです。

 

プロジェクトの詳細については、下記までお問い合わせください:
マカン・サッコ makhan.sacko@undp.org
松浦知紀 tomoki.matsuura@undp.org

 


¹https://www.africanews.com/2022/03/20/mali-records-highest-cotton-production/