TICAD8サイドイベント 開催報告
TICAD8で注目されるアフリカのパンデミック・緊急事態への備え
2022年9月20日
アフリカが複雑に絡み合う複数の健康危機に直面する中、国際社会は「誰も置き去りにしない」というコミットメントを試されている。最近開催された第8回アフリカ開発会議(TICAD8)のサイドイベントにおいて、人々の健康に関わる安全を確保するために、保健医療の効果を上げ感染症対策の質を向上させるには、保健システムを公平で強靭なものにする戦略的パートナーシップが不可欠であると強調されました。
アフリカは、毎年100事例以上の大規模な公衆衛生上の緊急事態に直面しており、これは世界のどの地域よりも多いものです。新型コロナウィルスがもたらした健康被害と経済的影響は、アフリカ諸国における公衆衛生上の緊急事態への備えと対応、および健康の安全保障が直面する既存の課題と弱点を浮き彫りにしました。
日本政府、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)、国連開発計画(UNDP)が共催したこのイベントでは、アフリカ諸国や世界で活躍するグローバルヘルスの専門家がアフリカにおける健康の安全保障、ひいては人間の安全保障を達成するために必要な方策について、それぞれの見識を披露しました。
UNDPのHIV・保健開発グループのディレクターであるマンディープ・ダリワルは、アフリカ大陸におけるパンデミック対策には、保健技術のアフォーダビリティ、アクセス、タイムリーな提供を保証するエンドツーエンドのアプローチが重要であると強調。ダリワルは、「私たちは、複数の新型コロナウイルス・ワクチンの研究開発におけるセクターを超えた世界的な連携を目の当たりにし、医療システムの改善においてグローバルな、規模の大きいパートナーシップを迅速に実現することは可能であると学びました」と述べました。一方で、新型コロナウィルスに対する国際社会の対応には課題があることも指摘しました。新型コロナウィルスにより効果的に対応し、また将来の新たなパンデミックに備えるためには、結核やマラリア、顧みられない熱帯病(NTDs)など、多くの低中所得国に存在し、健康、経済、社会に大きな影響を与える既存の健康課題を無視してはならないと強調しました。
外務省国際保健政策室長の江副聡氏は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の課題に触れ、アフリカをはじめとする世界の国々においてUHCを実現することが、依然として日本のグローバルヘルス外交の主要な目標であると述べました。日本は自らの経験を生かし、持続可能な開発目標(SDGs)にUHCの概念を導入したり、2016年のG7伊勢志摩サミットでUHC推進のための国際イニシアティブ「UHC2030」を立ち上げたりするなど、世界的な合意にUHCを盛り込むことに努めてきました。「日本は長年、UHCの実現に向けて、ガーナの野口記念医学研究所、ケニア医学研究所(KEMRI)、アフリカ疾病管理センターなどの感染症対策や地域研究機関の能力強化を通じて、アフリカの保健システム強化に貢献してきました」と江副氏は述べました。コロナ禍以前から、アフリカを含む世界の人口の少なくとも半数は必要不可欠な保健サービスを受けることができておりませんでしたが、この状況はコロナ禍により悪化しています。特に、新型コロナウィルスへの対応に多くの資源が割かれたことで、結核やマラリア、NTDsなどの既存の感染症対策に影響が出ています。「UHCの原則を実現するためには、これらの疾患の治療薬の研究開発を支援することが非常に重要です。アフリカが健康でなければ、世界も健康でなくなり、UHCも実現しません」と江副氏は強調しました。そのうえで、日本政府は、結核、マラリア、NTDsに焦点を当てるなど、アフリカにおける健康の安全保障の向上に向けた取り組みを引き続き主導していくと述べました。
日本政府は、UNDPやGHIT Fundとの継続的なパートナーシップを通じて、官民連携によるこれらの疾患に対する医薬品の研究開発(R&D)を推進してきました。GHIT Fund は、結核、マラリア、NTDs の治療薬、ワクチン、診断薬の研究開発を推進する国際的な官民パートナーシップの先駆的な存在です。また、UNDPが主導する「新規医療技術のアクセスと提供に関するパートナーシップ(Access and Delivery Partnership:ADP)」を通じて、日本は低中所得国における医薬技術へのアクセスと提供の促進、保健システムの強化に寄与してきました。
ケニア国立公衆衛生研究所所長のスルタニ・ハドレー・マテンデチェロ博士は、当初、多くの国がパンデミックを抑えられなかったのは、主に公衆衛生システム内で連携が取れていなかったためであると強調しました。しかし、ケニアは、自国の医療システムがいかに分断されているかを認識し、感染症対策に欠けているものを特定することにより、日本、UNDP、世界保健機関(WHO)などの外部パートナーとともに、緊急対応者を育成し、強固な監視システムを構築するなど、将来の新たなパンデミックや健康危機に備えることに投資をはじめています。「コロナ禍の経験から学び私たちがケニアに設立した国立公衆衛生研究所は、公衆衛生においてあらゆる官民機関との調整を行い、国の公衆衛生対策を主導、一体化する役割を担っています」と述べました。
アフリカ地域のUHCを追跡調査したWHOの最近の報告書では、新たな健康危機に効果的に対応し、また必要不可欠な保健サービスを継続的に提供していくためには、強靭な保健システムを構築することへの投資が必要であると指摘されています。
アフリカ開発銀行グループの総裁上級顧問(医薬品・健康担当)であるパドマシュリー・ゲール・サンパス教授は、UHCと健康の安全保障を同時に実現するための共通財への投資を求める同報告書に賛意を示しすと共に、次のように語りました。「保健医療活動に必要なのは、保健医療システムの改革と強化、医薬品とサービスの普及率の向上だけでなく、医薬品、ワクチン、診断薬のタイムリーな導入の確保も含まれます。これらの分野に包括的に投資していくことが重要なのです。」しかし、新型コロナウィルスの経験から、たとえ医薬品やワクチンが迅速に開発されたとしても、それらが世界各地で即座に利用可能になるわけではなく、生産インフラにも投資が必要であることが証明されたと述べました。
専門家パネルは、新型コロナウィルスへの現在の対応の経験が、現在世界が直面しているパンデミックだけでなく、将来のパンデミックを防ぐためのより良い対策を設計する上での重要な教訓となっていることに同意しました。日本政府とUNDPは、GHIT FundとADP事業を通じて、研究開発の促進と保健システムの強化を実施することにより、低中所得国における医療技術の開発、アクセスと提供に関わる総合的なギャップの解消に取り組んでいます。
GHIT FundのCEOである國井修博士は、医療技術の研究開発の促進や強靭な保健システム構築へのニーズが増加する一方で、資金が不足していると述べました。2020年にはコロナ禍の影響により、結核とマラリアの診断ケースがそれぞれ59%と31%減少し、結核の治療を受けた人が100万人減り、マラリア関連の死亡が4万5000人増えました。國井博士は、GHIT Fundは現在、資金不足の影響を受けながらも、結核、マラリア、NTDs対策に現在のパンデミック対策をいかに適応させることができるかに注力していると述べました。國井博士は、国際社会がその総力を結集し、効果的かつ持続的な行動の基盤となる革新的なパートナーシップに投資することが、これまで以上に重要であると示唆しました。
革新的なパートナーシップは、健康上の緊急事態への迅速な対応の設計と展開に有益なだけでなく、セネガルに拠点を置くdiaTROPIX社のように、被災国におけるスタートアップ企業の成長と持続性にも寄与します。
diaTROPIX社の運営責任者であるチェック・ディアグネ博士は、同社は、製造する新型コロナウィルスの迅速診断キットがアフリカ諸国において原価で購入できるようにビジネスモデルを設計した初の非営利プラットフォームであると述べました。ディアグネ博士は、diaTROPIX社のようなスタートアップ企業の成長における投資家の関心と支援、そして技術移転の重要性について、「成功のための重要な要因は、技術共有の実施と、製品の製造に携わるチームを訓練できる企業との強い連携、つまり南北連携だと言えるでしょう」と述べました。
WHOは、発展途上国の人口の約3分の1が良質な必須医薬品を定期的に入手できていないと推定しており、必須医薬品や技術を確実に入手することは、特に厳しい医薬品規制プロセスのあるアフリカ諸国では継続的な闘いとなっていると警鐘を鳴らしています。
アフリカ連合開発庁(AUDA-NEPAD)の保健プログラム責任者兼アフリカ医薬品規制調和(AMRH)イニシアチブ・コーディネーターのマーガレット・ノドモンド・シゴンダ博士によると、必須医薬品の安全性と有効性を確保するためには規制当局の承認が不可欠である一方で、規制プロセスや課題はアフリカ諸国によって異なるため、これらの医薬品の導入やスケールアップに遅れをもたらしていると述べました。
ノドモンド・シゴンダ博士は、弱く一貫性のない法的枠組み、冗長で重複したプロセス、医薬品登録プロセスの非効率性、限られた技術的キャパシティなどがアフリカの医薬品規制における課題であると述べました。そのうえで「各国が医薬品規制を実施するために必要な資金や人的資源を持たないという課題に直面しています。AMRHパートナーシップ・プラットフォームを通じて、さまざまなパートナーがこれらの国々に財政的支援や技術的支援を提供することができます」と指摘しました。効果的で効率的なワクチンの供給と接種に対する課題に取り組むイニシアチブとして、Sustainable Access and Delivery of New Vaccines in Ghana (SAVING) コンソーシアムがあります。SAVINGコンソーシアムは、ガーナ政府と協力し、新しいRTS,Sマラリアワクチンの効果的な供給と接種に向けたガーナ国内の医療関係者の能力強化に取り組んでいます。
ガーナ健康科学大学保健研究所所長のマーガレット・ギャポン教授は、コンソーシアムでの活動から学んだ教訓として、新しい医療技術が導入される際には、アクセスと提供のバリューチェーンに沿って様々な機関のニーズを評価し対処すること、そして体系的に課題や能力格差に対処することが重要であると指摘しました。
イベントを総括し、UNDPのダリワルは保健システムを発展させ、より大きなパンデミックへの備えを構築するためには、セクターや国を超えたコラボレーションやパートナーシップが欠かせないと繰り返しました。「私たちは、グローバルヘルスへのインパクトに目を向け、イノベーション、様々な変化への適応、互いからの学びに対してオープンである必要性を認識し、またこれらを可能にする新しいパートナーシップを積極的に模索していく必要があります」と締めくくりました。