第27回UNDP邦人職員リレーエッセイ「開発現場から」 サブリージョナル・リスポンス・ファシリティ (シリア紛争関連) シニアジェンダーアドバイザー 宮負こうさん
2014年9月26日
「ジェンダー格差を無くすことはシリア紛争関連対応策の要になる」。
私はこれまで、国連開発計画(UNDP)職員として、アジア、太平洋、旧ソ連、旧ユーゴスラビアの諸国でジェンダー平等と女性のエンパワーメントを実現するために努力を重ねてきました。ジェンダーはしきたりや生活習慣に深く根を下ろしているだけに、その格差を無くす試みは場所が違えばアプローチも多様化させなければならない難しい課題です。男の子だからこうしなさいとか女の子だからこれをしてはだめ、と言われて育つ子どもたちは世界中にいます。しかし、ジェンダーで将来の選択肢を制限されることなく、自分で決めた夢に向かって努力できる環境は男の子だろうが、女の子だろうが生まれもった権利です。半年前にUNDPヨーロッパ&CIS地域センターからUNDPサブリージョナル・リスポンス・ファシリティ (シリア紛争関連)に異動になり、今度はアラブ諸国というまた新しい状況で、さらにその中でも解決の見通しのたたないまま長引くシリア紛争関連という複雑な環境の中での取り組みが始まりました。
シリア紛争がもたらす近隣諸国への影響は、シリア難民の保護、救済のみならず、受け入れ各国の開発課題を視野に入れた包括的なアプローチでなければ対応しきれない、という認識に基づく政策アドボカシーをUNDPは早くから続けてきました。ネガティブな影響の阻止、緩和が必要なのは無論、個人そして地域社会から政府中央組織までにゆきわたる災害・紛争の影響から回復、再建、そしてさらなる成長に必須となる“変化”を取り込んでいける能力強化を、UNDPをはじめとする国際社会が支援していく必要性を訴えているのです。
国境を越えたシリア難民は女性の割合が高く、そのため紛争以前に比べると女性が一家の大黒柱の役目を果たす必要が増えています。しかし、彼女たちは元々女性が社会的にリーダーシップを取り、男性と対等な立場で積極的に社会、経済活動に参加する習慣がない社会背景(シリアの2010年MDG報告書引用)で生きてきました。そのため、困難な難民生活の中で急に経済的、社会的に家族を支えていくには多くのハードルを越えなければなりません。女性の社会参加に必要な基盤も弱く、男性を始めとするコミュニティからの支持も得がたい状況です。現在のシリア情勢によって、女性が家族を守る立場になる必然性が高まる一方、女性にはその役割はできないという社会概念も根強く残っています。結婚するのが女性にとって一番安全だからと10代前半の女子を結婚させてしまう家族が紛争が長引くにつれて増えている現状にはその考えが反映されています。女子の早婚は、女性から教育機会を奪い、家庭内暴力を受ける可能性を増すということが確認されているにもかかわらずです。
シリア難民の家族だけではなく、難民を受け入れる近隣諸国でも女性の社会、経済への貢献は正しく評価されていません。しかし、一家が生き延びていくためには、女性が個人として力をつけ、その力を発揮することが必要不可欠です。男性でも、女性でも、家族やコミュニティでジェンダーの枠を超えた役割を果たしていく必要があります。ここにシリア紛争対応に取り組む中での女性のエンパワーメントの必然性があります。シリア紛争の影響を受けている近隣諸国が積み重ねてきた人間開発と人権保障の進捗を後退させることなく、今後とも前進し続けるには、男性も女性も同等に認められ、社会、経済活動に参加、貢献することが不可欠です。それに必要な個人レベルでのスキルを身につける機会も同等に与えられねばなくてはなりません。そのスキルを駆使した際の評価機会、基準も同等でなくてはなりません。女性であるがために人権が保障されない環境では実現できないことです。シリア紛争に影響を受けている国において、家庭内、家庭外の女性に対する暴力増大が女性の社会参加、進出を妨げている現状をかんがみて、そこに焦点を当てた対応策が緊急に必要とされている理由のひとつです。
UNDPはシリアの近隣諸国でシリア難民を受け入れている地域社会への支援をしています。例えばヨルダンでは日本政府拠出のプロジェクトが大きな役目を果たしています。短期間に大勢のシリア難民が移り住んできた町や村では公共サービスが行き届かず、ヨルダンの地元住民の間で不満が生まれています。地方の役所では生活に必需な公共サービスを平等にゆきわたらせる財政的、人的資源が不足しています。ヨルダン住民の中でも社会的、経済的格差があります。これらの課題を解決していくこともシリア紛争の影響からの回復、再建につながります。また、女性の社会的な力、経済力を高め、女性が自己意思決定権を行使できる環境を整え、男性と同等に社会、経済に貢献でき、それが公的に認められる社会づくりを支援することはシリア紛争関連対応の柱の一つです。この柱なしにはジェンダー平等を現実にすることはおろか、シリア紛争の対応策としての持続可能な開発は不可能だからです。そのためにUNDPの提唱し、各国政府と国連機関・国際社会が連携して実現しようとしているResilience-based Development Approachにいかにジェンダーの視点を組み込んでいくかが現在の私の課題です。
宮負こう
UNDPサブリージョナル・リスポンス・ファシリティ (シリア紛争関連) シニアジェンダーアドバイザー
イギリスで開発教育普及のNGOを経て、ニューヨーク、バンコク、コロンボ、ブラチスラバを拠点に国連諸機関にて主にジェンダー平等と女性のエンパワーメントを担当。2014年3月より現職。在アンマン。
本記事は2014年9月26日に掲載されたものを、2021年6月1日に再投稿しました。