投資におけるインパクトマネジメントの世界的トレンド-日本への期待と役割

ファビエンヌ・ミショーSDGインパクトディレクターによる東京・サステナブル・ファイナンス・フォーラム2023での講演

2023年12月4日

ファビエンヌ・ミショーSDGインパクトディレクターが、東京・サステナブル・ファイナンス・フォーラムにて「投資におけるインパクトマネジメントの世界的トレンド-日本への期待と役割」と題する講演を行いました。

以下講演の全文です。

皆さん、こんにちは。今年の東京・サステナブル・ファイナンス・フォーラムにお招きいただき、大変うれしく思います。

きょうは、インパクトマネジメントの世界的トレンドというテーマで、私たちが日ごろ見たり、感じたりしていることについて、少しお話ししたいと思います。それから、日本への期待と役割についても触れたいと思います。

グローバルなレベルでは、この1年の間にサステナビリティ関連の報告に注目が集まっています。これは主として欧州連合(EU)が新たな規制を導入したことと、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)がサステナビリティの報告に関する新たな枠組みを発表したことによるものです。

投資の視点から見ても、ESGやサステナビリティ・ラベル商品にはっきりと焦点が当たっており、こうした商品の運用者がサステナビリティ面で行っている宣伝文句に対しても、厳しい審査の目があてられるようになりました。

私たちはこの動きが、インパクトマネジメントから注意や労力を逸らすことによって、これに悪影響を及ぼすおそれがあると考えました。しかし、特に新しい規制によって影響を受けた最前線の組織について、こうした懸念はある程度ありうるものの、全体像から見れば、それはごく一部にすぎません。

ESG戦略に投資される運用資産額が増え続けているにもかかわらず、2030アジェンダの達成期限まで半分を経過した今も、持続可能な開発目標(SDGs)達成のめどが立たず、中には後退している分野さえあるのはなぜなのかという疑問をもつ人がますます増えているからです。

私たちが持続可能な道のりを歩んでおらず、それによって人間や地球だけでなく、企業と投資の将来的な実行可能性や実績にも影響が生じるという認識は広がっています。

明らかなのは、SDGsの達成に民間セクターが必要である一方で、民間セクターもその未来を確保するために、SDGs達成に向けた前進を必要としているということです。

2023世界経済フォーラムによる最大経済リスクの評価は、この変化を如実に表しています。特定された最大リスクの多くは、経済それ自体のリスクではなく、環境的または社会的な性質を持ちながら、経済に影響を及ぼすリスクだからです。

1年前ですら、私はインパクトマネジメントとは何か、それが報告と異なり、しかも少なくとも報告と同じくらい重要な理由は何か、インパクトの測定よりもインパクトマネジメントが重要となるのはなぜかという説明から、話始めることが大半だったことでしょう。しかし、状況はゆっくりと変わってきています。

サステナビリティやインパクトに関する意図や約束を実行に移すことに注目が集まってきたことの背景には、持続可能な開発のための2030アジェンダやSDGsに対するコミットメントの高まりと、現時点での取り組みが不十分であるとの認識があります。

それはすなわち、これまでのやり方を続けていたのでは、残された時間の中で、現在地から目的地にたどり着くことはできないという認識に他なりません。厳密なサステナビリティ報告を裏づけるために、堅実な内部インパクトマネジメント・システムが必要です。

インパクトマネジメントはますます、ミッシング・ミドル、すなわち目標達成のために必要メカニズムとして理解されてきています。

人間と地球に対する私たちのインパクトを理解、管理し、持続可能な開発に寄与する必要性は、インパクト投資家や社会起業家の範囲を越えて、幅広く認識されています。私たちがいま、国際標準化機構(ISO)と連携し、SDGインパクト基準をISO国際マネジメントシステム規格に取り入れようとしているという事実そのものが、このシフトを物語る証拠と言えます。

国連事務総長は今年はじめに、効果的な開発金融と気候変動対策には、国際金融構造の根本的な改革が必要だと発言しています。この改革が効果を上げるためには、インパクトマネジメントをその中心に据える必要があるでしょう。

国連開発計画(UNDP)も参加しているインパクトマネジメント・プラットフォームは今年6月、報告書「インパクトマネジメントの必須事項(The Imperative for Impact Management)」を発表し、経済、人間と環境の関係性の体系的な性質と、事業者個別の(しばしば短期の金銭的に重大な)リスクのみに焦点を絞ってサステナビリティ問題に対処するという視野の狭いアプローチを取ることの限界を明らかにしました。報告書は次のことを呼びかけています。

  • 企業や投資家、金融機関が、持続可能な事業活動を行い、ウェルビーイングを改善し、特異なシステム全体のリスクを軽減するために、インパクトマネジメントを採用すること。
  • パリ協定、昆明・モントリオール世界生物多様性枠組、SDGsを含む世界的な政策目標を達成するため、政府がインパクトマネジメントの主流化を促すとともに、これを可能にすること。

これまでSDGインパクトのジャーニーを共にしてきた皆さんの多くがご存じのとおり、私たちがSDGインパクト基準を策定した理由も、まさにそこにあります。企業や投資家が、サステナビリティとSDGsを全体的で体系的、かつターゲットを定めたやり方で、パーパスや経営に関する意思決定の中心に据え、世界の中で私たちが置かれた立場を、エゴ中心でなくエコを中心に考える支援をするためです。

インパクト投資の分野では、グローバル・インパクト投資ネットワーク(GIIN)の「2023年GIINsightインパクト測定・管理実践報告書」と欧州ベンチャー・フィランソロピー協会(EVPA)の最新調査がともに、SDGインパクト基準の広がりを示していることからも分かるとおり、インパクトマネジメントを重視するプライベート・エクイティファンドの数が増えていて、これは喜ばしい動きと言えます。

私たちはまた、プライベート・エクイティファンドが実際、SDGインパクト基準の12の行動を通じてファンド戦略とインパクトマネジメント枠組みを策定するとともに、自己評価ツールを使って、インパクトと投資収益の両方を高めるためのギャップや機会を明らかにしている様子も直に目にしています。具体的には、関連の横断的テーマや相互依存関係を特定したり、さらに幅広いステークホルダーを意思決定に巻き込んだりするやり方が採用されています。

自己評価は企業や投資家と連携する際にその真価を発揮します。企業やファンドは、前もってじっくりと実践指標を検討することにより(つまり、拙速に取捨選択を行わないことにより)、どこで最大のインパクトを及ぼせるか、表面的な探索では見つからなかったかもしれない相互依存関係によるものを含め、どのようなリスクに対処する必要があるか、政策優先分野を活用し、反発の余地が比較的少ない分野で活動することにより、インパクトと投資収益のポテンシャルをさらに高められるチャンスはどこにあるかを、より明確に把握できるようになります。

しかし、人々が「何のためにインパクトマネジメントをするのか」という問題を十分に考えないリスクはあります。適切なインパクトマネジメントとしてUNDPのSDGインパクト基準に定められている手法はトランスフォーメーション、すなわち世界で進みつつある大がかりなパラダイム・シフトを体感し、思考回路を根本的に変えてゆくことを主眼としています。もちろん、そのためにはどうすればよいかという方法論の問題も重要ではありますが、それは協力や集団的ソリューションを含め、私たちがよりよい決定を下せるよう選択肢を作り出すための知見を得ることに役立つ限りにおいてです。

私たちが望む世界と、すべての人にとってより良く、より持続可能な未来を実現するために必要なトランスフォーメーションを起こさせる決定こそが重要なのです。

それはおそらく、日本が警戒すべきリスクでもあります。

私は日本に対し、大きな希望と期待を持っています。政策と能力から、持続可能な開発やSDGs、世界レベルでの人間の安全保障への深い国民的なコミットメントを含む文化的展望、さらにはこれに沿った世界的なリーダーシップの発揮に至るまで、支援的な環境がすでに整っているからです。今後、さらに探索が可能な分野としては、次のようなものが挙げられるでしょう。

  • インパクトマネジメントの実践を日本全体の方針や慣行に組織的に採用すれば、国内、域内、さらには世界的な持続可能な開発に向けた強い思いを実現できる大きな要素となりえます。そのためには「何のために、どのような目的でインパクトマネジメントをするのか」という重要な問いを重視し、これを何度も考え直さねばなりません。
  • 総合的なインパクトマネジメントの枠組みを適用し、脱炭素化や貧困の軽減、エネルギーの自給、経済成長と若年雇用を推進できる物理的・経済的な利用可能性を含む、複数の要素を組み合わせることにより、地域の内外で公正な移行の姿を率先して示してゆくこともできるでしょう。
  • GSG国内諮問委員会を活用することもできるでしょう。GSG国内諮問委員会には、思慮と才能にあふれた人々が加わっているほか、GSGは世界的にも、投資コミュニティによって共有されているインパクトマネジメント規範の策定を先頭に立って進め、事実上、こうした考え方や実践を開発するイノベーションの火付け役となっており、これが後になって市場全体に広がったという経緯もあります。
  • 進展中の動きはまだたくさんあるため、国内で実践コミュニティを立ち上げて、経験やアイデアを共有し、データやツールを含む公共財のインフラや資源の開発で協力するとともに、日本が域内やアフリカで連携している国々でも同じ取り組みを推進すれば、大いに役立つことでしょう。
  • インパクトマネジメントの能力を高める必要もありますが、特に重要なのは、インパクト測定・マネジメント(IMM)の運用面だけでなく、トランスフォーメーションをもたらせる思考回路の本質を捉えることです。私たちは日本で、社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ(SIMI)やソーシャル・バリュー・ジャパン(SVJ)と連携し、SDGインパクト基準に組み込まれたSDGインパクトマネジメント手法に基づく研修と関連のサービスを開発、実施しています。また、組織のインパクトマネジメント・ジャーニーを支援できる意欲と経験にあふれた素晴らしい専門家もいます。これをパートナーの国々や中小企業へと広めることも検討できるでしょう。

私たちは、日本との密接な連携関係を継続、拡大し、私たちが望む世界と、すべての人にとってさらに持続可能な未来を作るために必要なトランスフォーメーションの原動力となれるよう、インパクトマネジメントの実践を国内と国外でともに推進してゆきたいと考えています。

ありがとうございました。